正直に生きる
 私の両親は小さな食堂を営んでいました。幼い頃から料理に興味がありましたが、両親に「同じ苦労はさせたくない」と説得され違う道へ。大学卒業後、住宅メーカーに就職したものの満たされない毎日を過ごしていました。「自分の気持ちに正直に生きたい」と1年半で退職。料理の道へ方向転換しました。
 あちこちの店を食べ歩き「ここだ!!」と思った和食店の門戸を叩き、運良く働けることになりましたが、周りは10代から料理の修業を積んでいる人ばかり。何も教えてもらえません。味も技も“盗む”しかありません。とにかく早くみんなに追いつきたい!!寝食を忘れ無我夢中で勉強しました。


イタリアでの日々
 6年後、修業させてもらった店を“卒業”しイタリアへ渡りました。素材の生かし方が和食と似ているイタリア人の料理に、以前から大きな興味があったからです。イタリアの料理学校で学んだ後、国内を転々と歩き「これは」と思うレストランを見つけて働かせてもらう予定でした。
  ところが1ヶ月後、身体に変調が…。高熱が続き何日もベッドの上でうなされました。弱った身体が求めたのは、白いごはんと味噌汁。そのことが日本食を見直すきっかけになりました。日本に帰って“直球和食”の店をやろう。イタリアで「莫逆」のコンセプトが決まったわけです。


「莫逆」誕生
  修業時代から、店を構える時はパートナーの濱田といっしょにやろうと決めていました。濱田は飲食店で働いた経験はありません。でも、彼女のもてなしは心に訴えかけるものがあります。私は彼女の笑顔が大好きなのです。
  具体的に店づくりの話が進み出した時、濱田から「商売をして儲けたいとか成功したいと考えているのなら共同経営はしたくない」と念を押されました。同感でした。うまい料理と心を込めたもてなしで、お客様に喜んでもらえる店にしよう!オープンを目指し走り出してからは、まさに怒涛の日々でした。
  2002年10月「莫逆」オープン。目まぐるしい毎日でしたが、お客様や共に働くスタッフの笑顔を見られることが、楽しくて楽しくて仕方ない…そんなありがたいスタートでした。



スタッフの奮闘
  料理の決め手は素材。だからこそ、手を入れすぎて素材を殺してしまうことはしたくない。魚や肉、野菜本来の香りや味を損なうことなく最大限に生かす=“素材の直球勝負”に全力投球しています。
  「莫逆」の立ち上げから3年後。落ち着いた空間を望むお客様の要望に応えたい、そしてスタッフに新たな挑戦の場を!という思いから、次なる出店を決意しました。2005年12月、「銀ノ虎」オープン。
  最初は波に乗れず閑古鳥が鳴く日々もありましたが、スタッフはあきらめることなく試行錯誤を繰り返してくれました。その姿を辛抱強く見守り、応援してくださったお客様のおかげで今の「銀ノ虎」があります。
  素材との出会い、人との出会い、たくさんのめぐり合わせ。鹿児島黒毛和牛の生産者さんとの共同研究開発店舗として2007年10月にオープンした「もつLABO」も、ありがたい縁に恵まれたからこそカタチにできた店です。


挑戦
  「莫逆」の立ち上げから6年。以前より自分で考えて行動できるスタッフが増えました。お客様から「成長したねえ」と名指しで褒めていただくことも多くなりました。心強いばかりです。
  最近、濱田が体調を崩し続けて店に立てなくなりました。スタッフが成長したこともあり、裏方に回って3店舗経営で忙しくなった業務に専念していますが、今も変わらず、お客様と心と心を通い合わせるもてなしのあり方を探求し続けています。
  これからも「こうしなければならない」という固定観念にしばられず、「こうしたい」という意志を持って、私もスタッフも己の成長のために挑戦し続けたいと思います。

2008年8月8日